Traveler

みなさんお元気ですか?前回の「日本がダメなら世界に出よう!」という記事にかなり良い反響を頂きました。ですが!その記事を出したすぐ翌日にアメリカの国会議事堂でトランプ支持者の襲撃が...なんたる醜態。でも!それでも海外に出てみるのがやはり良いという意見は変わりません。今回はそれに加えて、ではどのような人が海外に向いているかについてお話をしたいと思います。

まず、前回の記事についていくつか補足させてください。私はアメリカ在住が長い為、基本アメリカ関連の記事が多くなってしまいますが、もちろんアメリカ推奨派でも英語推奨派でもありません。前回の記事は英語の例でお話をしましたが、もちろん海外に出るのであれば、言語をマスターしてから海外に出るよりも、言語を学びながら他の事をマスターしに海外に出たら良い、というのはどの言語でも一緒です。それから、私は海外に出るのは良い事だと思っていますが、これは海外が日本より良いと思っているわけでは決してありません。日本にも良い所と悪い所があるようにもちろん海外も良いところ、悪い所どちらもあります。それでも私が海外経験を推奨するのは理由があります。それは「自分の視野が広がるから」。この1点につきます。

これは厳密に言うと日本人が海外に出るのが良い、というよりも、「世界中どんな人でも1か所に留まって住むより、色々な違う国や文化に行く方が視野が広がる」という意味です。どのような国に生まれて育った人でも、ずっと同じ地域で暮らしてそこから出ない、もしくは出たくない人というのはいます。別にそれが悪いわけでも、そういう人たちも海外に出るべきだ!とは思いません。そこが自分にとって居心地が良い、安心だ、幸せだ、というのであれば、是非ともその生活を続けて行ってほしいと思います。でも、自分の生まれ育って来た環境が居心地が悪い、自分が受け入れてもらえないように感じる、自分の居場所でないように感じる、と言う人は他に自分の居場所を探してみるべきだと思うのです。つまり、今いるところとは違う視野をを別の場所で探してみるのです。

一つの所にいること(それが世界中どこであれ)の弊害というのは、その場所での基準でしか物事を見られなくなる、ということにつきます。つまり、その場所の掟だとかルールだとか習慣だとか、それらに縛られてしまうと言ったら良いでしょうか。例えば、日本の中の学歴重視で良い大学に行く事が奨励されるような文化の地域で育った人は、小さい時から塾に行くのが当たり前、というような環境で育つでしょうし、学歴よりも経験を重視する、実力主義の文化で育った人は小さい時から実践力を身につけるように育てられるでしょう。そのどちらが良いとも幸せとも言えないし最終的に幸せは本人が決める事ですが、もしそこで自分が居心地が悪いというのであれば、そこの基準がもしかしたら自分と合っていないのかもしれない。勉強よりも実践が得意な人は実践を重視する文化に行った方が学歴を重視する文化にいるよりも高く評価されるでしょう。そういう文化を探してみるのも良いと思うのです。

いずれにしろ、「自分の知っている以外にも他の生き方があるんだ」という事を知ることは、自分の人生の見方も変わりますし、人生においての選択肢もすごく増えます。極端な例ですが、例えばいじめを受けて自殺する子などがいますが、ある意味これはその子がその「自分がいじめられている環境」が自分の世界の全てだと思い、そこと違う世界があるという事を知らないから選択肢が無く、無力に感じてそのような選択をするとも考えられます。もしその子が、そのいじめられている環境以外に他の全然違う世界、自分がありのままに受け入れられる世界があると知っていたら?そこに自分がいつか行けると分かっていたら?そのような違う視点を持っていたら、またはそういう知識があれば、将来に希望が見いだせて自殺を選ばないということも考えれます。私が中学高校で同級生にシカト(古い!)された時もめげなかったのは、その世界が全てではない、というのを海外に行った経験から知っていたからです。

そういう意味において、海外に出る事で、「日本以外の視点」を得るという事はとても良い事だと思うのです。自分の今知っている基準とは違う基準の世界がある。自分の思っている「美」が世界のどこかでは「美」ではないかもしれない。自分の思っている「普通」や「常識」が「普通」や「常識」でない世界がある。そいういう事を知るのはすごく面白いですし、今の自分の状況を違う視点から捉えられるようになります。私の知り合いは30年前に日本で行く大学を選ぶ時に親が勧めた、いわゆる日本で有名な大学でなく、当時トップとしては知られていないが世界のランキングに載っていた私立の大学を選んだと言います。そういう彼女は現在アメリカに住んで働いていますが、要するに彼女はその当時から日本の基準が世界の基準ではないという事を知っていたのです。

例えばこの世界の大学のランキングのサイトを見れば、“By Location” (地域)で並べ替えした際に、日本の大学の世界の大学の中でのランキングが日本の中でのランキングと違う事に気づきます(日本の大学だけを比べても)。また学部で比べれば、また違ったランキングになるでしょう。つまり、基準は一つではないのです。そう思えば、自分の人生の行き先を決める時に、単に親や先生が言う所に行く事が自分にとって本当に良い事なのか、また自分は本当は何をするために大学に行きたいのか、というのをもっと違う視点から考えられるようになるでしょう。(もしかしたらその思考の末に大学に行くのが自分のしたい事ではなく、世界を旅したいんだ!と気づくかもしれませんし、それはそれで面白い人生になるでしょう)

また逆に言うと、日本で生まれ育って良い大学に行くために勉強をしていても、いざ大学を卒業して海外に出ようとしても、世界でその大学が通用するとは限りません。例えば実力主義のアメリカではいくら良い大学を出ていても即戦力を求められるので、経験や実績が無いとなかなか雇ってくれません。仕事にも就けないのにどうやって経験を積むの?と思うでしょうが、その為に、学生は大学の時にバイトやインターンなどをし、それを経験として実績を積むのです。そして、そのバイト先やインターンシップ先で、自分がどういうポジションで、どういう事態にどういう対応をしたか、などの経験を積み上げていきます。そこをアピールする事で、自分が実際どのように役立つ人か、という事を履歴書に書くのです。何を勉強したか、ではなく、実際何ができるか。それが求められるのがアメリカです。そういう意味ではアメリカでは良い大学に行く事にフォーカスよりも、そこそこの大学を出ても実績を積んだ人の方が採用されやすいでしょう。

では実際に、どのような人が日本でなくて海外が向いているかという事ですが、これはアメリカに限らず、まずは自主性があり自分の意志と決断で物事を決められる人だと思います。日本では(親にでも先生にでも上司にでも)言われたことに従い、それをちゃんと全うする、というのが良い子供、良い生徒、良い部下のように思われ、従わない人や協調性の無い人は叩かれたり潰されたりする傾向があります(今では多少変わってきてはいるようですが)。このような環境で育つと人の指示を待って動く癖がついてしまい、自主性を持って自分の意志と決断で物事をするのを辞めてしまいます。そうした所で反発に合ったり、叩かれたりしてしんどくなるからです。でも海外に出たら、そのように「指示」してくれる人はいません。自分の進む方向と決断は自分で決めるしかないのです。なので、指示を待たずに自分で物事を判断し、決断を下せることが重要になってきます。

そういう意味でも、いわゆる日本で言われる「協調性の無い人」、つまり自分の意見や意思がある、そして自主性がある人は海外では伸びると思います。指示をされなくなった時にこそ、そのような人が羽ばたけるからです。そしてチャレンジ精神がある人。海外に出ると自分の慣れ育った環境でうまくいったことが上手くいかない事はたくさんあるでしょう。人間関係もそうですし、どういう人が認められるか、というのも文化によって違ってきます。このように自分で育った環境の基準とは違う基準で評価されなかった時などに、そこでめげずに頑張り続けられる人です。それからOpen Mindedness、つまり柔軟な考えを持っている人。生まれ育った国から出たら今までの常識やルールは覆されることも多くあるので、そんな時に「なんでこの国はこうなんだ!日本では違ったのに!」などと思わず、「あぁ、そういう考えもあるのか」と、その国での常識を受け入れられる人です。

この記事を読んで、「これは自分だ!」と思う人は是非海外に出てみてください。日本で窮屈だと思っている人は特に!海外で自分の居場所がみつかるかもしれません。もちろん海外では日本のように甘えが通用しないところもたくさんあるので辛い事もたくさんもあるかと思います。また、「自分は日本は合わないと思っていたけども海外に出てみたら結構日本人だった。日本の方が合っていた」と気づくかもしれません。が、どちらにしても視野が広がる事は確実です。日本の常識は世界の常識ではないし、日本の基準は世界の基準じゃない!これをモットーに、視野を広くいきましょう!…コロナが近いうちに収束してまた海外に行けるようになるといいのですが!ではでは。





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