Kazumi

みなさん、ご無沙汰しております。今回は久々に海外で活躍している人のご紹介です。和美さんは私の叔母の知り合いで、30年来の友達だそうです。フランスの、それも今は退職されていますが、パリの某有名製薬会社でご活躍していた方という事で、一体どんなきっかけでフランスに住むに至ったのか聞いたところ、とても興味深いお話を聞くことができました。

まず和美さんが海外に興味を持ったきっかけですが、彼女は中学の時に象で活躍するインド少年のテレビシリーズを見た事がきっかけで、インドの村や自然に魅せられ、大学時代から青年海外協力隊でインドに行くのが夢だったそうです。その中でも特にタジマハ-ルは和美さんの夢の国のお城でした。その夢を叶えようと、いざテレビの旅行及び取材企画に応募して現地に行ったのですが、下痢でノックダウン。せっかくのインド行きはこの事が諦めるきっかけになりました。

和美さんは幼少時代とても苦労して育ち、自立する為には手に職をつけなくては!と思い、日本の大学で薬学部を出て、しばらくは薬局や病院薬剤師として働いていたのですが、それと同時に限界を感じていました。人生にいき詰まり、考え抜いたあげく、結局死ぬ気になってやり直そうと決心しました。今から思うと若気の至りだったそうですが、どうしても自分の可能性を試したかったんだそうです。それでもっと違う方向目指して語学をプラスとできる業界に就きたく、まずは語学習得にフランスに行く事を決めたそうです。

まず語学留学というと日本人は学校で学ぶ英語圏が手っ取り早いと思うのですが、和美さんはアメリカとかイギリスとかでなくフランスを選んだ。その理由を聞いたところ、目的が職業の業界転換だったので、フランス語ができる理系は少ししかいないだろうと企業就職を考えて、あえてフランス語を選んだのだそうです。土日も働いて滞在費を貯め、本格的に語学留学をしたのは30才過ぎてからだったそうです。

ちなみに日本では薬剤師として資格を持って働かれていた和美さんですが、もちろん日本の資格はフランスと同等でなく薬剤師としては働けません。が、一応学歴として評価してもらえるので有利だったそうです。フランス各大学でpost graduate(大学院)用のプログラムがありグルノーブル理工大学で生化学を勉強しました。その後フランスでも有名な製薬会社に勤務し何年も活躍された後、現在は定年退職して悠々自適の生活をされています。

でもそんな和美さんも、30年も前にフランスに行って苦労が無かった訳ではありません。和美さんが行って最初に苦労したのは部屋探し。お金のなかった和美さんは大学入学手続きを業者に依頼すると高いので、自分で全部していたのだそうです。モンペリエは学生の街で住居は簡単に探せるよとのデタラメを信じそのまま現地到着。実際は学生の人口が住民の3倍で部屋を探すのは困難な所。保証人もいないし最初は3か月ほどホテル暮らしだったそうです。でもみすぼらしく格安で、売春婦が出入りのホテルだったので不安に思っていたところ、偶然私の叔母とキャンパスで知りあい彼女の住むキリスト教会経営の寮に紹介してもらい、無事引っ越すことが出来、叔母とはその時以来の友達だそうです。

また語学も、フランス語は本当に初心者で行ったので、全然分からない。到着後大学登録までは写真で注文できるハンバーガーばかり食べていたそうです。そして勿論フランス人みたいに話せるはずはなく2-3年はとても苦労したそうです。何年かたってフランス語の理解力が上がったかと思ったある日、周りが簡単な単語で話しかけてくれてるのを発見し愕然とした事もあったとか。30年経った今でも日本人アクセントは抜けないということで、和美さんもスキルがあった為にネイティブ並みに語学ができなくても外国で活躍できたという典型の方ですね。

また、和美さんが生活様式でなれるのに時間がかかったのは、フランスは男女問わずほっぺに軽くキッスする挨拶。これにはかなり抵抗があったそうです。男の人なら 先に握手求めると免れたものの、特に女性同士とかは慣れるまで時間がかかったそうです。地方により回数が違うのですが、2回する地域もあり、これに慣れるのにはかなり努力したそう。ちょっとした パーティで10人位いる場合でも最低限皆に挨拶のキッス、最悪は解散時もキッスをしなくてはならない。「なんとも面倒な習慣!」と思ったそうです。(笑)

また、何十年住んでて言葉には問題なくても 理解してもらえない事や自分が理解できない事も多々あるとか。たとえばこちらが親切だと思ってする事が皆にとって迷惑だと知ったり、「なんでそうなるの?」という展開になったり、言葉でいくら説明しても理解して貰えないことはよくあるそうです。和美さんが友達の所へ遊びにいって帰った際、「雨が降っていて寒いのでお見送りはいらない」と言ったところ、「なんで人が善意でする事を無にするのか」と叱られた事があったそうです。「私はあなたが風邪をひくとかわいそうだから言ったのよ」と言ったそうですが、日本人特有の遠慮は通じないんだと思い知ったそうです。

また国民性文化的宗教的バックグラウンドの違いも感じたそうです。和美さんは別に困っていないのに、同僚がキリスト教団体の寄付に慣れっこなのか、和美さんに衣服や寝具をよくくれる事があったそうです。つまり、「移民は可愛そう」と思うからこその人々の小さな親切、大きなお世話。モロッコの同僚も貧困者に施しの宗教行事で羊の肉を会社まで持ってきてくれたりして、びっくりしたそうです。こういう所は移民ばかりで成り立っているアメリカとは移民に対する意識がちょっと違うと感じる所ですね。(私の叔母も、何十年住んでもフランスに受け入れてもらえない感じがすると言っていましたが、アメリカは移民ばかりなのでそういう事もなく、移民としての居心地はフランスよりは良さそう?)

そんな和美さんがフランスに出てみて一番良かったと思う事は、女性がより活躍できると知ったこと。フランスに着いて、まず驚いたのは、女性の地位が日本では想像できないくらい確立されていたことだそうです。和美さんは奈良の田舎育ちだったので、「女のくせに」とか「女には教育いらない」というおじさん連中が多い地方で育ち、男女の権利の差には敏感でした。でもフランスに行ってみると、男女地位の差が日本と比べ物にならないほど少ない。バスもかっこいいお姉さん運転手。

個人的にお世話になったグルノーブル大学教室は女性の研究者が大半で、それぞれ明確なポリシーを持たれていて学ぶことが大きかったそうです。その後運よく当時フランス国営の製薬会社に入れましたがここでも女性の上司が大半。国会議員、政治家、経営管理職、教授、専門職、高等教育も女性が多く活躍しているのは素晴らしいと感じたそうです。仕事は男女の差がなく毎年上司と計画を立てた目標事項目指して働き、性別関係なく仕事ができ、仕事がら種々の国の人々と交流できて楽しい企業生活だったそうです。

そして海外に出た事で、日本の良さや矛盾点も分かるようになったとか。日本にいるだけだと日本しか知らないために比較対象がない。それが海外に出たことで日本を客観的に見る事が出来るようになり、視野が広がったそう。例えば、世界で男女の違いを比べてみると、日本の評価は、読み書き能力、初等教育(小学校)、出生率の分野では、男女間に不平等は見られないという評価で昨年同様世界1位のランク。それなのに、日本の女性の社会地位は世界で2015年が101位、2016年が111位、2017年が114位と順位を落とし、2018年は110位に多少挽回したものの、また今回121位に大きく転落しています。

和美さんは、これはつまり、「日本は女性の教育については上位に入っているけど社会地位に結びつかないというのが現実だから」だと仰っています。欧米において男女差が少ないのは女性もほとんど職を持って社会進出しているから。よって、フランスは「主婦」という立場は影が薄いそうです。日本の女性地位向上には社会制度改革する必要があり、女性が働ける環境を作る必要があると思うが、険しい道のりだというのが和美さんの意見です。(だから和美さんのような出来る女性は海外に出てしまうのか??)

そんな和美さんに、今後海外に出てみようと思う人へのアドバイスをお願いしたら、以下のお言葉を頂きました。「人生は一回限り納得がいく限り可能性に挑戦してください。時々無計画な人とで会いますが矢張りしっかりと計画を立てて下さいね。自分は何をしたいか、そしてそれを実行するには何をしなければならないかよく考えて。日本人から地球人へ。世界は狭いですよ。一度日本を離れたら頼れるのは自分ひとり。他人を信用せず落とし穴にはまらないように慎重に。契約社会の国が多いですが部屋探しとかサインする際は何度も契約書読み注意して下さいね。」だそうです。

叔母によると、実際はここには書いていない他にもたくさんの苦労をされてきた方だそうですが、そんなことを微塵も感じさせないお人柄。とても素敵な方だと思いました。このように30年も前に海外進出したパイオニアの女性の話を聞くと元気が出ますね!と言う訳で、今回はフランスで活躍されていた和美さんのお話でした。





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