Japanese

日本語について気づいた事
アメリカではあちこちで毎週末のようにクリスマス会が行われている今日この頃ですが、みなさん如何お過ごしでしょうか?今回はちょっと趣向を変えて、言語について面白いと思った事を書きたいと思います。

日常的に私達が話している日本語ですが、普通に使っている為、気づかない事も多くあるかと思います。例えば、以前の記事で書いた、日本語には未来形が無い件。その他にも、日本語には動詞に活用形がなく、ラテン系言語のように女性名詞や男性名詞が無い事、単数と複数の区別がない事などは、よく他の言語をしゃべる人達に驚かれます。(それよりもっと驚かれるのは物によって数え方が違う事かも?!)

私が個人的に最近知って驚いた事は、同じ事を話すにしても、英語と日本語では動詞か形容詞かが異なる事があると言う事です。例えば、英語で使う、”want” や ”like” は動詞と習いませんでしたか?でもこれらは日本語では動詞ではないと言う事はご存知ですか?日本語で、「欲しい」は形容詞、「好き」は形容動詞なんだそうです。(あ、知ってました?)

英語で”I want a car”というと、”want”は自主的な行動を表すという意味での動詞として使われている感じですが、日本語で「(私は)車が欲しい」というと、「欲しい」は感情を表すという意味での形容詞として使われます。

また、英語で”I like apples”という時も、”like”という言葉が自主的な行動として表現されているのに対し、「(私は)リンゴが好きです」という言い方の「好き」は、感情を表す動詞と言う事で形容動詞として表現されます。

このように、「好き」とか「欲しい」と言う事を自分の行動の一部として表現する英語は、まさに個人の意思を尊重する文化を表しているように思えるのは私だけでしょうか?
その他にも、英語にあっても日本語にはない単語というのがありますよね。例えば、「プライバシー」に匹敵するという言葉が日本語にはない、と言う事に気づいてましたか?私の母曰く、言葉がないと言う事はそういう概念が元々日本になかったという事ではないかということですが、それは充分に考えられます。

どちらかというと人に干渉しすぎるきらいのある日本の文化では、「プライバシー」のように個人の事を人に干渉されない権利、というのは元々なかった概念なのかもしれません。それと同様に、「アイデンティティ」も日本人が理解しづらいというのも納得がいきます。昔からずっと個人の個性よりも周りとの協調が優先されてきた集団主義の文化の日本では、個人の独自性と言われてもピンとこないのは元々なかった概念だからに違いありません。

ところで、話は全然変わりますが、日本の文化と言えば、居酒屋などに行くと普通に出てくる「お通し」。この代金って最後のお会計の際に請求されているって知っていましたか?(知らなかったのは私だけ?)最近、サンディエゴにある日本の居酒屋が、日本と同じようにお通しを出してお会計に含めていたところ、アメリカの客から「頼んでいないのに出してチャージするなんて!」とクレームが入り、お通しを出すことをやめたそうです。

この「お通し」の習慣は、それこそ日本の「頼まれる前に何かおつまみを出してあげる」といういわゆる「気が利く」という文化の表れなのかと思いますが、「頼んでもいないし、もしかしたら好きでもないものを勝手に出されて、請求されるなんてやはりおかしいのでは?」と思う日本人はきっと私だけではないはず…。それともほとんどの日本人はおかしいと思わずにこの習慣を有難く受け入れているのでしょうか?かなり気になるところです。






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