Coin de Rue

あっと言う間に5月も終わりですが、みなさん如何お過ごしですか?サンディエゴはビジネスやレストランもちらほら開き始め、人々も少しずつ出勤し始めているようです。コロナの第二波も心配になるところですが、今回はコロナとは関係ない話を。

先日アメリカ人の友人と日本の映画、洋菓子屋コアンドルについて話しをしていました。東京の洋菓子屋で鹿児島出身の女の子があるきっかけから働く事になり、そこで様々な体験をし、成長していく物語なのですが、その中の英語の訳について書いてみたいと思います。

ネタバレにならないように誰が言ったかというのは省きますが、ある一場面で、ある人があるシェフに「一緒に仕事をやらないか」、と話を持ち掛けるシーンがありました。話を持ち掛けられたシェフは一旦辞退すると決めていた為、話を持ち掛けた方もその相手の気持ちを考慮して、「もしよかったら、一緒にやりませんか?」という言い方をしたのですが、この英訳が、”If you don’t mind, would you help out?” となっていました。これを見た友人は、この英訳がこのシーンにしっくりこないと言うのです。

彼曰く、”If you don’t mind (もしよければ)”という言い方は、英語では上から目線のニュアンスがあり、ちょっと強制しているように聞こえる、というのです。例えば、親に向かって子供が “If you don’t mind, would you pass me the salt?(もしよかったら塩を取ってくれませんか)”、などとは絶対に言わない。どちらかというと、親が子供に何かをさせたい時に、”Can you wash the dishes, if you don’t mind? (ついでにお皿を洗ってくれる?というような感じ?)” のように半ば強制的に何かをしてほしいと言う時に使われるフレーズなんだそうです。

日本人からすると、”If you don’t mind” という言い方は、「もし差し支えなければ、のように」一見相手の都合を思いやっているように、どちらかというとへりくだって聞こえます。ですが、英語では ”Mind the gap (隙間に気を付けて)“などと言うように、mind という言葉はpay attention(気を付ける)や、it matters (気にする)という意味で使われ、そのようなへりくだったニュアンスはない、そしてどちらかというと上からに聞こえるのだそう。となると、I don’t mindという言い方はどちらかというと「気にしない」、や、「どうでもいい」、という感じで、If you don’t mind, というのは、「あなたが気にしないのなら」という軽い感じがアメリカ人の使い方に近いのでしょうか。

ちなみに私がそのシーンを訳すとしたら、“If you would like, let’s do it together” かな?と言ったところ、「言いたい意味は分かるけど、普通のアメリカ人はそのような言い方は誰もしない」と言われました。(笑)では、どういう言い方をしたら上からに聞こえないように言うのか聞くと、“I would appreciate it if you would help. (あなたが助けてくれるとすごくありがたい)” や ”It will be great if you could help us.(あなたが助けてくれると嬉しい)” が良いそうです。そしてこれらの言い方だと、一番物事を強制されているニュアンスが少ないと言うことでした。

もちろんあくまでもこれらは彼の意見で、状況にもよるし、アメリカ人みんながみんなそう思うとは限らないらしいですが、彼が今まで住んで来たサンディエゴや北カリフォルニアでの経験からの一般的な意見で、ということでした。よって東海岸や英語を使う国(英国やオーストラリアなど)ではまた全然ニュアンスが違うかもしれないのであしからず。でも私からすると、上記のように「~してくれると嬉しい」というような言い方をされると、かえって助けてあげないと自分が悪い人になるようで、もっと強制されている感が強くなると思うのですが、どうでしょうか?

”If you don’t mind(もし差し支えなければ)” のような言い方を日本人が聞くと、相手がこちらの事を思いやって(こちらの都合を加味して)聞いてくれている気がしますが、この言い方はアメリカ人にはちょっと強制的に聞こえるらしい。それは何故か考えてみたところ、主語がI かYouでニュアンスが違ってくるのではないかと思いあたりました。彼にそのように言うと、個人主義と集団主義、そして高コンテクスト、低コンテクストの面白い議論になりました。

つまり、個人主義のアメリカでは自分の意見をはっきり言う、そして人の言う事は(日本ほど)気にしない。よって自分がどうしてほしいかという、”I”が主語の文章で「自己主張」をするのは、相手に一番負担をかけない言い方になる。そして、もしそれを言われてNoと答えたとしても、相手も相手の都合がある事をも承知して聞いているわけだから、”No hard feelings(悪く思わない)”。つまり、”I would appreciate it (~してくれると嬉しい)”の中には(日本ほど)相手に対する期待が入っていない(言った事はそのままで行間を読まない低コンテクスト)のではないでしょうか?

それに対して日本人は相手の事を思いやり、行間を読む癖がある(高コンテクスト)なので、”I would appreciate it (~してくれると嬉しい)” などと言われていると相手の期待を読み取り、負担に思ってしまう。それよりも、”If you don’t mind(もし差し支えなければ)”のように言われると相手が自分の都合を思いやって聞いてくれているように思い、相手の期待が少ないと感じてこちらの方がNoを言いやすくなる。というのはどうでしょうか?このように考えると翻訳とは本当に難しい作業だと思いますね。

以前の記事で、日本のように高コンテクストの文化では、教養がある人ほど行間を読め、言葉ニュアンスが分かり、低コンテクストの文化では教養がある人ほど物事をかみ砕いて詳しく説明する事が出来るという話をしました。これは逆に言うと、日本人で教養がある人が行間を読ませるような口数の少ない話し方をすればするほどアメリカ人からは教養がなく常識はずれと思われ、逆にアメリカ人で教養がある人が事細かく何度も繰り返すような話し方をすればするほど日本人からは教養がなく常識はずれと思われるという事でもあります。つまり文化によって同じ態度でも全く正反対の評価を受ける可能性があるということです。

ちなみにこの映画に出てくる十村について、友人は口下手で社交的でない彼はrude(失礼)でdumb(頭が悪い、というか常識がない)人という印象をうけたそうです。私に言わせると無口でいわゆる職人気質なだけなのですが。(そして職人気質な人は日本では上に見られても間違っても頭が悪いとか常識がないとは思われませんよね。)このように同じ人でも文化によって真逆の印象を与える可能性があるとなると、文化の価値観とは本当に根深く、そしてもしかすると一生分かり得ないかもしれないものだな~と思います。





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